こたつ日和

徒然なるままに。雑記

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ムシし・・・!

映画「蟲師」を見に行ってまいりました。私は夜勤もあることだし、早く見たいよね、とアサイチの回。
先週の「ハッピーフィート」は単純におもしろかったので、「今年は映画は当たりなのかしら」と期待。
ましてや、私、原作の大ファンなのです。深夜のアニメも(賛否両論あるでしょうが)雰囲気が出ていてすごくよかったのです。
なんとなく古きよき日本を彷彿とさせる、けれどもそこは矢張り蟲とヒトは共存している「異界」なのです。ポスターやPVは、うすぼんやりして美しい映像が多くて、そんな雰囲気にぴったり。

でもって、鑑賞。

最初のエピソードが終わる頃には、違和感でいっぱいでした。

つまり、コレは大友監督解釈の「蟲師」でした。オレならこう書くぞ、って感じが、各エピソードに出てくるんです。気のせいかな?でも、全体に説明不足と説明過剰な部分がある気がします。

以下、未見の方はネタばれ含みます。あと、大友作品マンセーの方、御覧にならない方が賢明かとおもいます。
えー、結論からいいますと、私はこの作品、ダメでした。
監督は、役者さんの選び方はとても上手いです。原作に出てきたキャラっぽい。ぬい役の江角マキ子は、最初すごくぬいのイメージで感動すら覚えました。オダギリも、どーなることかと思ったら、意外とハマってます。
そして、映像も凄くきれい。蟲たちの表現は美しいと思いました。虹蛇が沸き立つ(?)シーンは水墨画のようです。「阿」が触手(?)と張り巡らすシーンなんかもすきなのです。

まず、どうして時代設定を「100年ほど前の日本」と限定したのか。先に書いたように「異界」の話で十分のように思います。それを限定してしまったことで、映像から感じる「異界」の味が半減してしまった感じです。虹郎の「もうじきこの辺りにも電気がくるよ」な発言は、ムリに時代設定を理解させようとしている感じですが、浮いてしまっていました。そりゃあ、一般人の皆様には、時代設定はっきりさせた方がイメージしやすいかも、ですが。でも逆に違和感が強くなってしまいました。

各エピソードの扱いが・・・うーん、と首をかしげてしまうのです。
真火の話はラストのフォローがまったくなし。蟲が憑く、離れるの理由は原作の方が好きです。ギンコ、間抜けというか、単なるイジワルだ。原作読むと真火はなんで真火なのか、推測することさえできるのに。
虹郎は、ギンコと旅した原作でも珍しい一般人ですが、映画では関わり過ぎ。彼がなんで虹を探して持って帰ろうとしていたのか、動機がセリフ一つで語られてしまいます。あああ、そこにはなんらや葛藤とかいろいろあったでしょうや!と突っ込んでしまう。唐突に「橋大工になるよ」とかいうし。
淡幽の話。「蟲愛ずる姫」なんだよなあ。全然愛でてないぞ。なんか印象が薄いぞ。禁種の蟲より常闇が強い気がします。原作では、「蟲を殺す話ばかり」と言う淡幽に「じゃあ死なない話を」と語るギンコ、という場面がありますが、そう言う小さなつながりが語られなくて残念。あと、ほんわか薫るのはよいのですが、なんでギンコに好きっていわすかなあ。
一番辛かったのはぬいの話。常闇の沼から助かった話以降は、キャンセルしていいですか?江角の鬼気迫る演技が、ホラーテイストを盛り上げています。貞子ですか?でも、私はギンコ(ヨキ)に縋るぬいが見たかったわけではありません。常闇になり、銀蟲に吸収されつつ、ギンコを導くぬいの映像が美しかっただけに。あの場面がギンコの脳内でしかなかった、ということでしょうか?全編を貫く主軸となる話としたかったようですが、そのために付け加えた話が、蛇足でしかなかったので、中盤以降はストーリーが辛い。

蟲師の解釈の仕方にも、納得しにくいものがあるし(なんで単純にそういうヒトたち、って出来ないのだろう?)、ギンコが腑抜けから回復していくのも、なんか過程がよく解らない。

評価的には映像はまあよかったけど、話は原作の方が断然良い、ということでしょうか。
これで、DVDで出す時「ディレクターズカット版」とか「完全版」とかいって出してきたら怒っちゃうかも。ちゃんと公開されたもので勝負しろよ、って。

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